今日は少し怖いお話。
「呪い」と書くと、みんながどう読むかと言うと、まずは「のろい」と読むでしょう。
ですが、「呪い」には、『まじない』と『のろい』の両方が出てきます。
「まじない」と言うと良い意味で捉えられる。
「のろい」と言うと怖いイメージ。
どちらで使うかというと、本来は「のろい」の方が印象深い。
琴の世界では、一般的な「のろい」よりも、「まじない」的な使い方が主流。
古来からの「まじない」は、病気を治したりケガをしないようにという「願掛け」として扱ってきた。
それが「のろい」となったのにも、その「願掛け」が叶わなかったり、思ったよりも打撃が大きかったりと、思いもよらないことが起きたことが始まりです。
「思ったようなことが起こらなかった」
「そんなことを思ってなかった」
「思ってもみなかった」
「思ってた言葉が返ってこなかった」
これらが起きた時、人はどうするのでしょう。
『思う』ということ。
これは、「願い」であり、望みを叶えたい願望。
それが叶わなかった時、人は「何かのせいにしたり」時にはその事情に絡んでいた人を「恨んだり」します。
琴の世界では、「のろう」より「うらむ」の方が怖いです。
そちらの念の方が強いからです。
恨むとは、
《うら‐む
【恨む・怨む・憾む】
《五他》
1.[恨・怨]
相手の仕打ちに対する不快・不満の気持を、その人に対していつまでも持ち続ける。》
と記されています。
何が怖いって、
【いつまでも持ち続ける気持ち】
その人にとって良くない感情を持たせたこと等こちらは忘れているのに、それを持ち続けている人がいる。
知らないところで人を傷つけ、悪く思われていることなんて普通は考えないですよね。
このような強い思いを持つことで、「魂のパイプ」から外れて行きます。
本来通るべきパイプを外れると何が起きるか。
・自分がどこにいるのか分からなくなる。
・魂が本来のパイプに戻れなくなる。
ここから負のループが始まります。
・何をしても上手くいかない
・体調が悪い 等
カラダの不調から精神的な不調に。
最悪は、何もする気が失せ、寝たきりに。
「呪う」も「恨む」も良い言葉では無いのであえて使う必要もないですが、「まじない」という意味では、「呪う(のろう)」と言いながら、その人がその言葉を使わないように…という願いを込めて使うことは良いのかもしれません。
聞く人によっては、「恨み」を買うこともあるので注意ですが😅
このような、実は良くない言葉に聞こえることも、その人にとっては「気づき」に繋がることもあります。