『お釈迦さま』という言葉を聞いたことあると思います。
『釈迦如来』とはお釈迦さまの呼び名のひとつ。
「如来(にょらい)』とは、悟り(さとり)を開いた人のことを指した言葉で、人間が悟りを開けば如来になれると信じられています。
悟りを開く直前の修行中の人を「菩薩」と呼び、悟りを完全に開いた人のことを「如来」と呼びます。
真の悟りを開いた人全般を如来と呼び、特定の固有名詞ではありません。
釈迦如来の他、よく知られている如来様に
薬師如来
阿弥陀如来
大日如来
がいます。
そんな『お釈迦さま』に琴が聞いたお話✨
人はひとりひとり自分と他人を分ける。
それは魂がひとりひとり『個』である証。
だが、悟りを開き神なる存在になった時、
人はひとりではなく『皆』となる。
これは『皆(かい)』と呼び、『すべて』となる。
人は姿形が違えど持つものは皆同じ。
同じ体があり言葉を話す。
通じる通じないではなく「言葉」を通じ会話をする。
そして同じく心がある。
心があるから通じ合う。
その心を以て「魂が通じ合う」という。
皆が死して逝く場所には魂がある。
住む場所違えど逝く時間が違えど、同じ大地で生きている。
見た目や環境の違いはあって良かろう。
そこで学ぶことがたくさんあった方が人生は楽しいもの。
苦楽を楽しみ苦楽を喜ぶこと。
なによりも得難い有難いこと。
なによりも生きて楽しむことが至極とはこのこと。
悟りを開いたからといってそこで終わりでは無い。
悟りを開くまでの苦行こそ楽しいことだと思えるだけ。
苦労を乗り越えた時と同じこと。
人にはひとりひとり与えられている苦行がある。
それは喜びに変わる糧でしか無い。
苦労しなさい。
悲しみや辛さを噛み締めなさい。
そこでしか分からない感情から感謝を知ることが出来る。
喜び楽しみを知っているから辛く苦しい。
この感覚を楽しみなさい。
今しか出来ないこと。
生きている今だから感じられることを喜び、
そして目の前の『皆』に伝えなさい。
それが今自らが出来ることであり、やるべきことです。
ということです✨
はいっ‼️
楽しみます❣️
伝えます‼️
ブログで😆笑